子どもたちから牟岐町の防災意識を高める!牟岐町防災サークル
子どもたちが楽しみながら防災について学ぶことが出来る牟岐町防災サークル。
活動内容は、東日本大震災や昭和南海地震の体験談を語り部さんから聞いたり、東日本大震災で被災した宮城県女川町とオンラインで繋いで地元の中学生と交流会を行っています。
↑地域の方々と活動されたときの写真。牟岐町防災サークルを立ち上げられ
た上田好美さん(後列右から2番目)とメンバーの皆さん。
今年3月には、牟岐町東地区の電柱に暗渠(あんきょ)注意のマークをつけました。
5年前、当時小学校5年生だったメンバーは授業で約20枚もの暗渠注意のマークのデザイン案を考えました。そして今回、牟岐町防災サークルを通して、その考えたマークを実現させることになりました。
「暗渠」とは、川に蓋をしてできた道。津波が来ると、川から離れなければいけません。しかし、蓋をされているとそこが道路なのか、道の下に川があるのかを判断できません。そのため、このマークは「ここは下に水が通っているから避けてね」と注意喚起するためのものです。
牟岐町防災サークルのメンバーに今までの活動を通して、感じたことや考えたことなどを聞いてみました。
牟岐中学校3年 久京聖(ひさ きょうせい)君
「女川町とオンラインでしか交流したことがないけれど、震災の遺構を見た。いつか実際に現地を訪れて、被害を受けたところの現状を見て、より知識を深めたい。そのことを県内や県外でも、情報を発信していけたらいいなと思う。また、牟岐町は町の形が女川町と似ているので、震災後の復興計画を参考にできたらいいなと思う。」
富岡東中学校3年 元木紀(もとき はじめ)君
「語り部さんの話を聞いて、やっぱり災害は悲惨なんだなと思った。暗渠から水がふきだしたり津波に飲み込まれたという話は想像を絶する。東日本大震災の映像を見ても、川が逆流したり、引き波で町のものが一緒に流れてくると思ったらとても怖いなと思う。その一方で、助かることもできるんだとも思う。助け合いの精神が大切だと感じる。」
牟岐小学校6年 元木和(もとき わたる)君
「今年はコロナで活動があまり出来なかったけれど、女川町との交流会で実際に被災された人のお話を聞いたことが印象に残っている。その方のお子さんが亡くなられたという話の中で「普通に考えるとありえない避難路だった」とおっしゃっていた。その話を聞いて、緊急事態になったら適切な判断が出来ず、自分の命を失うかもしれないと思った。普段から防災バッグの中身の確認や危険な場所を意識して過ごしたいと思っている。」
↑牟岐町防災サークル×女川向学館中学生交流会の様子
また、交流会に参加していた他の防災サークルのメンバーからは「交流した中学1年生の子たちは3歳で被災していて、もうあれから10年も経っているのに震災を覚えているということはそれほど印象に残るものだったんだなと思った」「大川小学校に行ってみたい」「交流会で質問をされたときに答えられなかったこともあったので、牟岐町についてもっと知ることがあるんだなと思った」「震災が起きたら、適切な判断を早く下し、落ち着いて直ぐ逃げることを気をつけたい」などをお話ししてくれました。私もオンライン交流会に参加し、被災された方々のお話を聞き、牟岐町と照らし合わせて考え時に涙が溢れました。
近い将来、南海トラフ巨大地震が発生し、津波は地震発生から約11分後には、牟岐町に到達し、町の中心部に被害を及ぼすことが想定されています。牟岐町外で育った私は、防災訓練にも参加したことがなく、牟岐町の方々と比べて地震や津波に対して意識が低いと感じます。地震が発生したらまずどうするのか、どこに逃げるのか、何を大切にして行動するのかなど、このインタビューやひとつむぎの活動で関わっている中で中高生から教わったことがたくさんあります。これから発生するであろう災害に町全体で対応できるように協力できたらいいなと思います。
↓牟岐町で活動している京都産業大学木原ゼミの学生さんからもインタビューを受けています。
https://www.kyoto-su.ac.jp/news/2021_fs/20210127_400_kihara.html
現代社会学部木原ゼミ 徳島県牟岐町の防災意識向上に協力! | 京都産業大学 (kyoto-su.ac.jp)